暮らし選んで 水道

私たちの暮らしで、水害被害などを別にすれば、日常の暮らしで、飲み水や料理の水、手洗いや入浴の水に困ることはめったにない。蛇口を捻れば、すぐ水が供給される。水が供給される便利さは、有って当たり前と思っている。

 「江戸東京 水を求めて400年」(榮森康治郎・TOTO出版)によれば、現在東京都のど真ん中、都庁が位置する新宿、若者の街・渋谷も、かつては、東京の郡部であり、畑地を埋めて宅地にした場所である。現在、私が住む代々木の住人たちの水は、明治43年頃には井戸使用だった。畑地としていた頃までは、住人数も少なく、井戸の水量も多くないが、足りていたのだろう。所が、そこに、郡部の安い家賃を目当てに、急に人口が増加したため、井戸の水量が足らなくなり、さらに、すぐに濁る悪水となったという。

 明治の終わり頃には、東京市の日本橋、深川、浅草、本郷などの中心地には、すでに井戸ではなく、各家への専用栓、あるいは町内や数戸での共用栓を通して水道が引かれ始めていた。特に、共用栓の水を利用するには、水道栓を開閉する鑑札が必要で、その鑑札が受けられる資格が定められていたという。

その資格とは―

1 一定の家屋地面を所有していない者

2 使用人を雇っていない者

3 諸税を納める必要のない者

という人たちであった。鑑札を取得したら、年間60銭、月5銭を治める必要があった。

明治43年の「婦人画報」に、共有栓から水汲みをしている人の写真が掲載されている。そのキャプションには次のようにある。

「これは便利だ。

 雨でもきれいな水が出る。

 水道の蛇口は鋳鉄製の柱形、

 竜の顔形から水が出る。

 頭部の横の穴に角形の軸があり、

 これに開閉用の『鍵』を差し込んで

 左右に回して水を出し、

 また止める」

ポルトガル・ポルトの共用水

私たちが現在、家の蛇口から水を出す姿と同じである。場所が、道路、路地といった違いはあるが、現在のような、蛇口からの水利用が出来たのは、明治の終わりであった。

それまでの水は、川や井戸から汲み上げる、あるいは水屋から購入するなどして、水を利用していた。

共用栓利用の前、安政5年(1858)、江戸にコレラが初めて確認され、それから明治になると、毎年のように発生し、特に明治19年(1886)には、死者9879名を数えるほどの勢いであったという。

コレラ菌が原因であり、それは環境衛生に深く結びついていたのだが、当時の人々には水の衛生という概念が根付いておらず、コレラ菌を拡大させてしまった。

言い換えると、水は重要であるが、その水質も極めて重要であったということだ。現在のコロナウィルスも、基本衛生としては、手洗い、うがいが欠かせない。いつの時代も私たちの暮らしや健康には水が重要であると言うことだ。

コレラ流行により、明治21年(1888)、東京市の上水改良が急務であるとして、東京水道会社設立願が提出されたが、明治23年(1890)の水道条例により「水道は市町村その公費を以てするに非ざれば、之を布設することを得ず」として水道会社設立は退けられたという。

水が暮らしの衛生や健康づにとって、重要であったにも関わらず、その取水、管理、水質、上水道事業などの基準を定める、国の「水道法」は、昭和になるまで制定されず、明治の条例が支配していた。どうしてなのか?

これは、私の推測となるが、財政を必要とする事業であるから、暮らしの基本を優先するのではなく、この時代の優先財政は、戦力への投資であったのではないだろうか。どこか、現代にも通じるところがある、と私は思っている。

昭和32年、「水道法」は、ようやく交付および施行されるに至った。

 こうした経緯と先人たちの努力と苦労があり、現在、蛇口から、私たちは安全な水を得ている。 

だが、循環している水は、高度成長期、場所により臭い、汚染が生じていた。東京都を例にすると、原因は、その取水源である河川が、人口増加、排水場処理機能、浄水場処理機能などの技術力不足から、蛇口からの水に不安があったからだ。不安とは、浄水場での最終処理として次亜塩素酸を使用し殺菌処理を行っていたため、塩素残留による汚染成分生成、臭い残留などが、その不安源であった。こうした問題を解消すべく、東京都では研究を開始、高度処理技術の導入で、現在では、当時とは比較にならないほど、問題は解決され、水質はよくなっている。

しかし、その後も増加する大都市の人口。そのための住宅建設により、共同住宅が多く誕生した。共同住宅の取水には、屋上に水道用タンクを設置し、タンクから住居者用水道が供給される仕組みが多く採用されている。そのため、屋上タンクに満たされた水は、タンク内に常に満タンを維持している。問題は、その管理である。タンク管理の不十分な状態では、タンク内に不純物や沈殿物、塩素由来成分が沈殿、発生することもあり、水質低下問題も生じることもあったからだ。管理問題解決には、住居者による出費なども発生するため、住居者は、その解決を、蛇口に浄水器を取り付ける、水を購入するなどで個々が対応している。共同住宅居住者は、我が家の水質アップのため、天然水購入、浄水器設置を選択している。我が共同住居の住人も、水を購入している人、浄水器設置の人などが多くいる。

言うまでもないが、水道を選ぶことは困難、だが、浄水器選びは出来はず。

とは言うが、何を基準に選んでいるのだろうか?